★平成ニッポンいいひと列伝#6佐野眞一さん

ノンフィクションの巨人である。汚名を背負った男でもある。だが、どこの誰があの面構えから迸る甚大なエネルギーを否定できるだろうか。
絶対に「土産」を持って行けと言われた。忠告してくれたのは放送作家のAさん。佐野眞一に話を聞きたいなら絶対に土産がいるよ。土産と言っても菓子折りではない。「知識」である。ちょうど僕にはそれがあった。番組のため調べていたある事件。その加害者の両親であり事件の被害者でもあった夫婦の出身地。それが宮本常一と同じ島だった。宮本常一は佐野眞一のライフワークである。電話をかけ、要件より先にそのことを告げた。巨人はすぐさま反応した。おおっそうか!それは知らなかったなあ!そして自宅まで会いに来いと言われた。「土産」が効いたのである。
あとになって知った。「土産」は佐野眞一の取材方法の基本である。「役に立つ知識や常識をまず相手に伝える。取材という行為は、実はそこからしか始まらない」それは宮本常一という民俗学者が、地方に巣食う忘れられた日本人たちから物語を聞き出すための基本姿勢でもあった。相手から何かを聞き出したければ、まずこちらから相手に何か彼が知らないような知識や常識を与えるのである。すると相手は、頼まなくても自分から面白い話を語り始めるのである。何かを得たければ何かを与えないといけない。それが「土産」である。
それまでの僕はテレビ局という権威を傘に着ていた。取材させろと言うだけでこちらから何も持って行かなかった。一方的な取材で得られたものは上っ面なものでしかなかったろう。予定調和の枠を出ていなかったろう。せっかくの一期一会をみすみす無駄にしていたろう。実に、もったいない話である。
人に話を聞きたければ「土産」が必要である。そんな初歩的なことを40歳前で初めて知った。その取材で佐野眞一は滔々としゃべり続けた。電話がかかってくるとその電話にまた滔々としゃべる。電話が終わるとむっくと向き直りまたしゃべり続ける。取材は「土産」以上の成果をあげた。土産をもらった彼はきちんとそのお返しをしてくれたのである。人が感動するのはいつもそんな単純なことである。しかしそんな当たり前のことができる男が世の中にどうしようもなく少ない。
もし汚名というものがどちらか一方のバイアスがかかったものでしかないとするならば、それは佐野眞一という甚大なエネルギーの塊に対する嫉妬から発しているのかも知れない。嫉妬と告発は手のひらの裏表だ。

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